神様のボート 江國香織
神様のボート 江國香織
必ず戻るといった人を待つために、旅を続ける。
矛盾でしかない。
けれど、この言葉をきいたらどうだろうか。『あのひとのいない場所になじむわけにはいかないの』という言葉を。
物語は母・葉子の目線と娘・草子の目線が交互に織りなしていく日常を描く。
続
彼女たちが織りなしていく日々には、どこか哀愁が絶えず漂う。ふと気づいた瞬間に、ひょっこり顔を出してきそうな絶望はだれのどんな日常にも潜んでいそうなもんだけれども、彼女たち母娘の日常にはそいつが食卓に鎮座している気がする。
目を向けないこと、認めないことでその存在を否定するけれども影は確かに存在しているという恐怖。
だけど、ただひたすらに想い人を信じて生きる葉子と、その傍らで無邪気に、ときに何かを拾って身に着け懸命に生きる草子は受け入れることで、不安定な生活を安定させているような脆く危うげな強さを持っているように感じる。その存在が、日々の美しさを光らせるといったふうに。
葉子の恋はとても美しいものだ。幼いころ、多くの少女が夢見た綺麗なドレスのお姫様たちの王子様との恋愛のようにそれはそれは輝かしく美しい。
大人になってしまった、現実を知ってしまった少女たちはそれを夢の世界の話と悟も、絶えず探すことをやめはしない。
心の奥底で、自分だけの王子様を探し続けているのだ。
運が良ければ、王子様に出会えるかもしれない。きっと、葉子は見つけてしまった一人なのだと思う。
王子様はきっと、誰にとっても「素晴らしい」存在なのかもしれないけれど、薔薇の花が棘を持つように物事はそう優しいものではない。
そのことは、現実を知ってしまった少女たちは知っているはずなのに美しいその手を伸ばして棘によって傷をつけられてしまうのだ。
恋も愛もそれはそれは綺麗な宝石であることは間違いないけれど、その美しさのすぐ真裏には狂気にも似た感情が潜んでいること、たしかにそこにいることに気付かなければいけない。
そんなとこに目が向かないのが恋愛というものだけれども。葉子の恋はとても清らかで美しいかもしれないけれど、それは併せ持った狂気ゆえの美しさかもしれない。恋愛とは、儚く寂しく残酷だけれども、人の心をつかんでは離さない。
「骨ごと溶けるような恋」はきらきらの魔法であると同時に、モルヒネにも似ている。
神様のボートに乗った生活を送ることができたならどんなに素敵だろう。
夢や架空の世界に足をつけた状態ならば、草子の暮らしはとても羨ましいものだ。
だけど、彼女は夢の住人でも架空の世界の旅人でもなくたしかな現実という日常を生きるひとりの少女だ。
彼女は恋に囚われてしまった母のもとで健やかに育っていくが、その目に映る世界とはいったいどんなものなのだろう。
彼女がやがて出す答えは、母とは異なるものなのか、はたまた同じものか。
「骨ごと溶けるような」恋をした葉子とそして生まれた草子が織りなす物語は、自分をどこに置くかでその表情はがらりと変えてくる。
表紙をめくるたびに、そこにあるのは以前、読んだ物語と同じはずなのに魅せる表情はまったく違う色をもつから毎度驚かされてしまう。
ときに、心を抱きしめ、ときに真黒な雲を連れてきては洪水を引き起こす。願う結末も当然のことながら、毎回違う。
文庫版の274ページから始まるあのストーリーは、あなたにどんな天気をもたらすだろうか。
静かで穏やかな流れのを進む小さな小舟がもたらす感情をぜひとも味わってみてほしいと思います。
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